【 本稿は、パワーリフティングや重量挙げをなさる方にも、また、あらゆるトレーニーの皆さんにお勧めしたい動画を含む記事です。普段の練習やリカバリーに役立ちます】
今日はベンチプレスで起こりがちな「肘の痛み」についての話を紹介する。
トレーニングにおける『ビッグ3』の一つとしても有名な「ベンチプレス」は、おもに大胸筋と上腕三頭筋を鍛える種目だ。
治療中、このベンチプレスをこよなく愛するAさん(ちなみにAさんは肩の故障で治療中)との会話。
僕の知り合いにベンチ(プレス)やっててテニス肘になったやつがいるんですよ。
肘の外側の痛みがなかなか取れないって困ってて…
なんでベンチやっててテニス肘になっちゃったんですかね?
おそらくは三頭筋の外側頭を傷めちゃったんだと思います。
ベンチは上腕三頭筋もメインターゲットになりますから。
テニス肘って三頭筋の故障なんですか?
前腕の故障だって聞いたんですけど。
テニス肘もゴルフ肘も前腕の筋肉の故障だと言われていますが、治療してみると三頭筋の故障を治療すると治るものがほとんどなんですよ。
反対に前腕だけを治療していてもなかなか治りません。
肘の外が痛むのをバックハンドテニス肘、内が痛むのをフォアハンドテニス肘とかゴルフ肘なんて呼ぶんですが、テニス肘もゴルフ肘もどちらも共通しているのは、得物をもって肘を曲げ伸ばしするところとインパクトの瞬間は肘を伸ばす時で、三頭筋が強く働く瞬間だというところです。
三頭の強い筋力発揮が繰り返されるなかでダメージが蓄積して、肘の痛みが顔を出すんです。
ベンチは前腕の筋肉というよりは胸や三頭筋を鍛えるような種目でしょう。
だから三頭筋の過労が祟れば肘が痛むのも不思議じゃないんです。
ちなみに、肘の外に痛みが出るときには三頭筋の外側頭、内に痛みが出る時は内側等頭、肘の頭に出る時は肘頭のすぐ上(三頭筋の長頭)にしこり(トリガーポイントを内包する硬結)が見つかります。
そのしこりを丁寧にほぐせば大体の肘の痛みは自分でも治せますよ。
そのお友達はサムレスグリップ(バーベルのシャフトから親指を外して四指と掌でバーを握る手法)ですか?
あ~そうですね!
サムレスだと肘の外が痛むんですか?
サムレスでシャフトを持つと手首が反るでしょう。
この手首を反らせている筋肉の一つがテニス肘で犯人だと言われている長短橈側手根伸筋なんです。
手首が反ると長短橈側手根伸筋を含む前腕の伸筋(パーを作る・手首を反らせる側の筋肉)が固くなりますよね。
この前腕の伸筋は三頭筋の外側頭と肘の外側の上の部分(外側筋間中隔)に接点があるんです。
長短橈側手根伸筋は肘関節においては屈筋としての作用を持ち三頭筋は肘関節の伸筋としての作用を持つ。
これらの相反した作用は運動時の肘関節の安定化に貢献する。
作用がそう反することを拮抗作用と言い、関節の安定化にこの拮抗筋の作用も欠かせない要素になっているという話はあまり知られていないところかもしれない。
構造的につながりがあるという事は前腕の伸筋は三頭筋の外側頭と一緒に働きやすい構造を持っているということになります。
ベンチでもテニスでも前腕の筋は得物との接点を安定させるためのいわば補助的な働きです。
これに対して動作のメインに働く(主動作筋となる)のは三頭筋ですからから、故障の原因も三頭筋がメインになるのだと思います。
そして、前腕の伸筋とつながりが強いのは三頭筋の外側頭なので肘の外が痛くなるんです。
反対にサムアラウンド(シャフトを包むように五指で握る支え方)で親指の握りが強い方は三頭筋の内側頭を故障しやすくなりますね。
おれ、ベンチとかやると肘の内側が痛くなるんですよね…(;´∀`)
Aさんはサムアラウンドグリップですか?
はい。
握りはけっこう強い方?
そうかも!?(;´∀`)
やっぱり腕(前腕)の筋肉とのつながりが関係してるんですね… 。
そうですね。
前腕の屈筋は三頭筋の内側頭と肘の内側の上の部分(内側筋間中隔)でつながりがあるようですので、握りを強めると三頭筋の内側頭に力が集まります。
母指の屈筋群の緊張や短縮は前腕屈筋の中でも手首のつまり(手関節のインピンジメント)に関与する橈側手根屈筋や尺側手根屈筋へと緊張を波及させる。
橈・尺側手根屈筋は肘関節においては屈筋としての作用を持ち、三頭筋内側頭は肘関節の伸筋としての作用を持つので、前述の長短橈側手根伸筋と上腕三頭筋外側頭と同じ関係性が生じる。
ここまでお話した時、やおらAさん三頭筋を触りながら手首を反らせたり曲げたりし、そして…
ほんとだ!手首反らせると三頭の外側に力が入る!握りこむと内側だ!!
さすがはAさん。話を聞くだけではなく、自身の腕を使って事の真偽をたしかめ、そして、確証を得られたわけだ。すると今度はAさんから興味深い提案があった。
じゃあ俺の場合は痛い間だけでもサムレスグリップでやるのも手なのかな?
いいアイデアです。
グリップを時折変えるのも怪我の予防や偏りなく鍛えるのに役立ちそうですね。
故障した部分は休ませつつ、今まで育て切れていなかった三頭筋の外側頭を鍛えられれば、故障が治ったときにはさらに効率的に三頭筋全体を使えるようになってることでしょう。
故障は後ろ向きな事柄ですけど、やりようによってさらに強くなるために役立てることもできるんです。
何度も失敗を繰り返すケースは怪我の痛みに挑んでしまったケースです。
『この痛みに打ち勝って…』というのは大きな間違いです。
それをして私はこの仕事に流れ着いちゃったんですよね(^^;
なので経験者は語ります。
痛みとは決して喧嘩をしないこと。
大事なのはケガを負った時にも冷静にその時々にできることに目を向けることなんです。
『痛み』は『痛まずにできること』を探るためのモノサシとして活用します。
厳密にいうと、痛みが出る前の『あっ!やばい!!』っていうあの感覚が出たらそれ以上追いかけないことです。
その場合は、動きの幅を『やばくない』範囲に狭めるか、『あっ!やばい!!』っていう感覚が出ない重量に下げてトレーニングをすることです。
「グリップに変化をつける」という発想に行き着くあたりさすがはAさん。
どのスポーツでも、気を付けていても怪我をしょい込むことはある。そんな時こそクレバーに現状を見極めて、できることを無理なく積んでゆく必要がある。
どんなときにも自棄にならず、まず冷静になること。その上で前向きな変化を、競技者としての成長を諦めないという姿勢を貫くと、必ず理に沿った答えが導かれてゆくものだ。そうして得た答えはさらに多くの気付きを与えてくれるから、臨床は面白い。
(文責:非営利型一般社団法人徒手医療協会 代表理事古川容司)