徒手医学的思考に基づく身体の機能化へのアプローチ
~在宅療養マッサージの臨床から~
まず初めに大畑先生から見た「訪問診療を取り巻く現状」をお聞かせください。
-大畑 開業当初、当院周辺では、デイサービス、デイケア、訪問リハビリといった介護サービスは十分に供給されていない状態でした。医療保険を利用した訪問鍼灸マッサージのニーズも多かったため、訪問診療に積極的に取り組んできました。現在では、介護サービスや訪問マッサージは飽和状態になりつつあり、質が高く、結果を出せる訪問診療が求められる時代へと変わりつつあります。
治療の質とその効果への要求の高まりに対して徒手医学を取り入れることで、どのような変化が見られたのでしょうか?
-大畑 以前、私が実施していた訪問診療は通り一辺倒の関節可動域訓練、ストレッチング、筋力トレーニングや立ち上がり、歩行動作訓練などでした。退院直後から訓練を実施していない方に関しては、介入直後は多少の改善は認められるもののその効果はすぐに頭打ちとなってしまう状態でした。その要因は身体機能、動作能力の「改善」よりも「現状維持」を目標にした訪問診療しか提供する事ができなかったからだととらえています。
約2年半程前から徒手医療協会で学ぶ機会を頂き、古川代表から身体の機能的な評価と多くの手技療法を教えて頂きました。その手技は科学的な根拠の元に成り立っているが故に、評価にて明らかになった問題部位への徒手療法を施行できれば誰もが安全に十分な効果を引き出せるものばかりです。
当協会で教えて頂いた徒手療法を訪問診療にも取り入れる事によって、私は、以前よりも機能改善に対する結果を得る事が可能になったと実感しています。介護度が高く寝たきりに近いような高齢の方に対しても機能回復が認められます。結果として、患者様とそのご家族の方のリハビリへの「やる気」が変わってきます。「これをやれば少しは良くなるんだ」という気づきは、本人だけではなくご家族の方にもリハビリの重要性への意識を高めてくれます。そして、この気づきによって自主トレーニングにも真剣に取り組んでもらえるようにもなっていると実感しています。
訪問マッサージの対象になるような方達は、数々の既往を持つ高齢者である事が多く、機能的、生理学的障害の部分よりもむしろ関節強直や変形等の器質的、解剖学的障害の部分が全体の障害像の大半のウエイトを占めてしまっている事が多い印象を受けます。しかし、この機能障害の部分にアプローチする事によって機能改善のみならず、発症後の経過期間からも頭打ちと考えられていたADL能力も改善していく例も多々、経験します。
訪問マッサージをより効果的なものとするためにも、機能評価によって器質的障害に隠れている機能的障害をあぶりだしてそこにアプローチしていく徒手療法は、私たち訪問診療に関わる臨床家にとっても必須アイテムになるものと思われます。
また、徒手療法は、介護度が高く寝たきりに近いような状態の方に対しても改善効果が認められるため、私は訪問マッサージにおいて積極的に手技療法を活用しています。
ベッドサイドでは具体的にどのような介入を行っているのでしょうか?
-大畑 例えば、古川代表考案の「スイッチバック療法」(以下SBTと略)という手技療法があるのですが、私はこの技法を多くの訪問マッサージの方達に利用させて頂いています。
立ち上がり動作困難、歩行動作困難の方の多くは、膝関節と股関節の伸展運動を連動させた下肢の伸展運動が出来ない事が多く、その要因には関節可動域低下や筋力低下の問題はもちろんの事、足関節から膝関節、股関節を連動させる動きのパターンそのものが欠如している方を多く認めます。
これに対してSBTは、ストレッチとしてだけではなく、この下肢のように連動した動きのパターン学習訓練としても利用することができます。
また、関節に負担のかかりにくい状態で関節運動が起きるため介護度の高い方にも十分、利用できます。
例えば、私は歩行訓練に繋げる前の機能訓練として、写真1のように仰臥位でハムストリングスに対するSBTを実施した後、写真2のように体幹の安定性を考慮しながら側臥位での同部へのSBTを実施していきます。この際は、ハムストリングスの伸張よりも下肢の運動パターンを強調した訓練として利用します。
-大畑 写真3は大腰筋に対するASTRを施行しているところです。さらに写真4は前述した膝関節と股関節の伸展運動を連動させて骨盤、重心を外果前方の足底部に乗せる訓練の模様です。
-大畑 筋肉を単一で捉えるのではなく、同じ身体運動を引き起こす筋グループを一つのユニットとして捉える考え方も当会で教わりました。写真5では腹筋群の緊張を高めるために、体幹の回旋、屈曲運動を上下肢の筋から促通させる目的で両大腿内側部にボールを挟んだ状態にて上肢を両側同時に屈曲位からの伸展運動、そして次に写真6では片側づつ伸展-内旋-内転運動を徒手抵抗下にて実施しているものです。緊張を引き出しやすい股関節内転筋群、大胸筋から腹筋群の緊張促通を目的とした訓練です。
-大畑 写真7は胸郭、体幹部の可動性低下を認める方に対して胸郭部のモビライゼーションを施行しているものです。写真8は大胸筋に対するSBTを施行しているところです、ご家族の方に上肢の保持を手伝って頂きながら、私が下肢を操作しているものです。動かせる範囲は狭いもののその中で操作をします、この様にご自分で肢位を保持出来ない方には家族にお手伝い頂くことによって、家族も訓練に対する理解を深める事ができ、自主トレーニングにも積極的に取り組んで頂ける例もあります。
-大畑 写真9は呼吸機能の改善目的で胸鎖乳突筋に対するポジショナルリリースを、写真10では前胸部~前頚部筋に対してASTRを施行しているところです。
在宅診療の臨床で印象深いエピソードをお聞かせいただけますか。
-大畑 82歳になられる右片麻痺のお婆さんの在宅診療で、次のように治療が成功している事例があります。
Aさんは腰部脊柱管狭窄症の既往をもち、2014年(平成26年)に脳梗塞を発症し後遺障害として右半身のマヒがあります。また、Aさんは痙縮のため患側下肢への荷重が上手く行かず、起立困難で歩行器での歩行もできない状態でした。
治療としては、下肢の可動域と体幹の安定性の再獲得が必要だと考え2014年8月より訪問を開始しました。具体的には下肢の可動域の向上と免荷でのコーディネーションの獲得を目的として、ASTRとスイッチバックテクニックを選択しました。体幹のスタビリティと四肢の協調性の再獲得には健側肢からのオーバーフロー効果を用いた運動療法を実施しました。すると、驚いたことに3回の治療で歩行器での歩行ができるまでに回復されました。
その後の一年で歩行器を使って自力でおトイレまで移動できるようになり、2015年の10月にはデイケア施設に通うようになりました。さらに、2016年2月からはラッシングバンドメソッド注1を導入したところ、フリーハンドでの立位保持ができるようになりました。ラッシングバンドを用いるようになってから、一回の治療で得ていた効果も短時間で簡単に得られるようになりました。
徒手医学は各手法を組み合わせ、工夫次第でさらに大きな変化を引き出せる点に面白さと魅力を感じます。
最後に、今後の展望についてお聞かせください。
-大畑 徒手医学に出会って、在宅診療に対して「まだまだ変えることができる」という実感を持つにいたりました。
在宅の現場では患者さんの現存する機能の範囲で日常に適応できるように導いてゆくというスタンスが一般的で、それも大事な仕事なのですが、徒手医学の手法を用いて機能的な回復を積極的に追ってゆく、攻めのリハビリへの道筋を創ってゆきたいと考えています。
そのためにも評価と手技の精度を磨き、より高い成果を的確に導き出せるよう精進してゆこうと思います。
大畑先生、とても興味深い、貴重なお話をありがとうございました。今後のさらなるご活躍をご期待申し上げます。
(注1)
ラッシングバンドメソッド
当会代表古川の開発による神経筋骨格システム最適化のためのツールメソッド(特許取得)。
「ラッシングバンドメソッドの実際」‐徒手医療協会Youtube公式チャンネル
「ラッシングバンドを用いた神経筋骨格システムの調整がパフォーマンスへ与える影響」‐日本トレーニング指導者協会 第4回日本トレーニング指導学会大会口頭発表抄録/2015年
徒手医療協会では、大畑先生の許可をいただき、本インタビューの際に教えて頂いた大畑先生のオリジナルテクニックを動画としてまとめる企画を進めています。有益な技術や発見を広く共有することで、より多くの患者の方に変化をもたらすことができます。動画の公開準備が整い次第、アナウンスいたします。ぜひご注目ください。(一般社団法人徒手医療協会 事務局)
▶徒手医療協会の最新情報は Facebookのいいね!から!
https://www.facebook.com/manual.medicine.association
〔インタビュー協力〕 ボディケアルームつなぐ 院長:大畑健太郎先生
▶ホームページ:http://bodycr-tsunagu.com/ (東京都町田市)
Back to⇒インタビュー一覧