数か月前から左の親指が痛くて動かせなくなったと来院されたAさん。病院に行くと、左の親指をそらせる働きを持った筋肉の腱鞘炎と言われたそうだ。
Aさんの故障は「ドケルバン病」という短母指伸筋と長母指外転筋の腱鞘炎。この故障では、二つの筋を支えている伸筋支帯という靭帯が炎症の影響で縮む。縮んだ靭帯が腱鞘ごと腱を圧迫してしまうことで指を動かせなくなり、動かそうとすると痛みも伴うようになる。
痛みは上の図の赤く描かれたあたり。
Aさんの手首も、腱鞘と伸筋支帯の交差部に圧痛と癒着が見つかった。そうした状態では、こんな動作をすると強く痛みを訴える。
この動作、フィンケルシュタインテストといい、ドケルバン病の鑑別検査として有名な手法だ。
Aさんのケースでは親指がほとんど曲げられず、親指をにぎろうとしただけで痛みを訴えていた。
ドケルバン病の徒手医学による一般的な治療では、締め付けられている長母指外転筋や短母指伸筋の緊張を和らげ、腱鞘を締め付けている支帯を引き伸ばすために支帯部へ筋膜リリースやDTMを選択することが多いように思う。
当然それも大切だが、経験上そうした介入だけに終始すると治療の成果は非常に渋くなる。
Aさんの治療では上記の筋・筋膜への対処を済ませた段階で50%ほどの痛みの改善(自覚的な疼痛強度)がみられた。だが、親指は先ほどより辛うじて曲がりが深くなったかな、といった程度。
Aさんの手首の筋や腱は慢性的に過度に使われることで傷ついたものと推測される。そこには過度に使わざるを得ない理由となる、なにがしかの背景となる要因がある。正常な回復の道筋をたどるには、その「背景要因」も解消しなくてはならない。
その「背景要因」とはなんだろうか。
それは手根関節の拘縮だ。とりわけ親指側の手根関節の拘縮がこの障害の核となる。
↑赤丸のあたり
手根関節(主に大・小菱形骨-舟状骨間)に動きを付けたところ、Aさんの親指は大きく曲がるようになった。一度患うと治りにくいと言われる「ドケルバン病」だが、こうした変化を目の当たりにすると原因が解消されればその限りではないのだとしみじみ思う。
とはいえ、まだまだ道半ば。
まだ可動性は正常範囲の50%といったところなので、引き続き計画的な介入が必要だ。つまり、今後も計画的に治療を受けられることが望ましいということ。しかし、関節の拘縮に対する治療はコンスタントに行う必要があるのが頭の痛むところだ。
なぜかと言えば、Aさんのようなケースでは週に2~3回ほど手を入れる必要がある。仮にAさんに週2~3回来院いただくとすると、一か月で約50,000~80,000円をご負担いただくことになる。そんな治療は現実的ではない。これが自由診療の難しいところだ。
こうした問題を私自身はセルフケアをお伝えすることで解消している。幸運なことに、この手根関節の拘縮へのセルフケアはとてもよく効く効果の高い技法が見つかっている。Aさんのケースでもその手法を紹介し、自宅での治療の継続をお願いして初回の治療を終えた。
その手法、動画で公開している。「ドケルバン病だけど頻繁に通えない」そんな方にもセルフケアでご安心いただけるだろう。
ウエイトリフティング関連の手首の痛みのセルフケアとしてまとめた動画だが、ドケルバン病を含め手首の故障全般に非常に効果が高いので、手首の相談ではまっ先に伝える手法だ。ぜひ役立てていただきたい。
【手首の痛みのセルフケア/手根関節リリース編】
さらに丁寧なセルフケアを目指すのであれば、周囲の筋への対処を展開されることを勧める。
先に大きな問題として指摘した手根関節の拘縮。その背景として、長母指外転筋と短母指伸筋と拮抗した作用を持つ母指内転筋の短縮がある。
動画の手法は手根関節の拘縮への対処法だが、この母指内転筋(母指球筋全般にも)の緊張を解く効果も高いので、この点においてもドケルバン病との相性がいい。
問題はその先。関節の拘縮は関節を動かさずに固定し続けることで生じる。つまり、手根関節の拘縮があるということは手根関節の動きを阻害する筋緊張が長く続いてきたということだ。
では、その筋とはどの筋だろうか。
それは、母指球筋と協働関係を持つ尺側手根屈筋と橈側手根屈筋。これらの筋はモノをつまむピンチ動作や把握動作で共に働き、手根関節を構成する骨の位置を「つまんだ・にぎった」位置に固定してしまう。
こうした背景要因に対してはキネシオテープでの対処を推奨する。
【手首の痛みに効くキネシオテーピングの貼り方】
さらに、手根骨の動きを正すことで腱への負担を解消する手法が下記の動画。こちらもリフティング関連の手首の痛みに対してまとめているので、前半は飛ばしていただき、1分半あたりからご覧いただきたい。
【手首の痛みのテーピング】
なお、手首の腱鞘炎全般にも使う手法なので、授乳期の方の腱鞘炎にもぜひお役立ていただきたい手法だ。手首の故障に悩まされる多くの方のお役に立てれば幸いである。
(文責:非営利型一般社団法人徒手医療協会 代表理事古川容司)