変形性股関節症-人工股関節置換術の今昔に思う-

変形性股関節症の相談で、今さらながら医療の進歩に感心するようなことがあった。
患者さんは90代のお母さん。二年半前から股関節の痛みに襲われ、今年の春になってどうにもこらえられない状況になり、近医に相談したところ人工股関節置換術を進められたのだそうだ。

しかし、自身の年齢のこともあり大きな手術を受けるのが怖いと、流れ流れて私のところへいらっしゃったとのこと。話を聞いていてまず驚いたのが、90歳を超えるご年齢の方に人工股関節置換術が適応になるという話だった。

私が整形外科に勤めていたころは90代の人工関節置換術というのはあまり聞かなかったから、ちょっとした驚きを覚えた。30歳目前のころだったと思うが、当時は在宅療養マッサージのほかにデイサービスセンターでの運動指導員をしており、そこで出会った膝の悪い80代の車いすのお母さんと手術という選択について一緒に悩んだことがあった。

お母さん、勇気を振り絞って病院へ行ったのだが「骨が弱すぎる(骨粗しょう症)」とのことで手術できないと言われてしまった。ガッカリするお母さん。その様子を聞いてしょんぼりする私。

その当時、Drに人工関節置換術について聞いたところ、次のような話が返ってきた。

  • 人工関節の耐久性が10~20年(とされていた)
  • 人工関節の耐久性と平均的な寿命から逆算して65歳ぐらいが手術のし時(とされていた)
  • 人工関節を埋め込む土台となる側の骨が弱いと手術ができないため、骨粗しょう症が進んでいると手術の適応から外れる

しかし今は技術の進歩によってご本人の元気さえあれば90代でも手術の適応なのだという。では、今と昔、いったいどこが違うのだろうか。

人工股関節

<人工関節今昔>
●手術の侵襲度が大きく減らせた
⇒20年前は25cmほど切開しなくてはならなかったのが今は7cm程度で済み、術後のリハビリも翌日から始められる。
●人工関節の耐久性が大きく向上した
⇒20年前は10~20年と言われていたが、今は15~30年もつのだそうだ(※耐久年限に開きがあるのはその人の活動量によって使用頻度が変わるから)。

そうした話を踏まえて、90代のお母さんの話に戻る。

初診時、びっこ引いてかなり痛そうに歩いていた。立位での機能検査では、痛みのため患側へ体重を乗せることができない。患側の股関節を自力で動かせる範囲はごくわずかで、強い痛みを訴える。もう少し詳しく状態を調べるためにトリートメントテーブルに横になっていただくと、股関節周囲の筋肉の緊張が強く、膝は浮き、痛みに顔をしかめている。

注意深く股関節の滑りを調べてゆくと、コリコリという轢音と共に痛みを訴える。この『コリコリ』、股関節の関節面がつぶれているサイン。こうなると確かに保存療法というよりは手術の適応となるだろう。

「これは確かに手術を勧められるでしょうね…」と私。
なぜレントゲンも診ずにそう言えるのかとお母さん。
「いま、股関節を動かしたときコリコリ音がしたでしょう。これは股関節の関節面、大腿骨頭っていう腿の骨の頭の部分がつぶれてきてる証拠なんです。こうなると手技療法や鍼灸治療で痛みの緩和はできても股関節の働きが取り戻せるかは難しくなります。『それでも手術がどうしても嫌!』という場合は手技や鍼灸、運動療法といった保存療法を選択することもありますが、その場合のデメリットは痛みが引いた後も股関節の可動性が大きく損なわれる可能性があるということなんです。」

そして、病院は嫌だとおっしゃるお母さんにお医者さんに再度診てもらうために説明を始めた。
「股関節や膝などの大きな関節の動きを損なうと『立ち上がる』とか『歩く』といった日常の動作に必要な筋力が大きくなるが、その時、お母さんの脚の筋量がそうした動作をするのに足りなければ車椅子になるかもしれない。そこから寝たきりになるリスクも考えなくてはいけません。私の治療で痛みがなくなったからもう大丈夫、ということではなく、可能な限り関節の働きを温存できるよう治療していくことが後々を考えても大事になってきます。」

こうした変形性関節症では、変形が進む時に痛みが現れる。逆に変形がひと段落すると痛みも落ち着く。股関節という関節は面白いもので、たとえ軟骨がすり減って股関節に隙間が見えなくなっても、ももの骨の頭(大腿骨頭)の丸みが残っているケースでは比較的動かせる状態に戻る。そういったケースだと手術じゃなく保存療法で、ということも提案しやすいのだが…。

「お母さんの股関節の場合、ももの骨の頭(大腿骨頭)がつぶれているサインのゴリゴリ(轢音)があるので、痛みが引いても動きは悪いままになる可能性が高いんです。」

さらに、こうしたケースでもっと気を付けなくてはならないのは、急激に骨が潰れていくようなリスクの有無。これについても説明を続ける。

「このようなケースだと、腿の骨の頭につながる血管は少ないのでそこが詰まると骨が死んでしまうことがあるんです。大腿骨頭壊死というのですが、これは壊死してすぐは痛くないんです。壊死した部分を身体が治そうとして吸収するとき、グズグズと骨が潰れていくんです。それ以外でも変形性股関節症で急激に骨が潰れていくタイプもあります。ここでは(私の治療院では)そうした隠れたリスクを見つけることができません。でもこれらはお医者さんがレントゲン一枚とってみればすぐに判断が付くものです。お母さんの場合、関節の轢音があって保存療法では股関節の動かしづらさが残る可能性が高いことがわかりますし、同時に痛みを訴えているので、今まさに変形が進んでいる最中にあることが疑われるわけです。その原因の一つとして疑われる、今お伝えしたような進行性の(つまりどんどん悪くなってゆくような)問題が隠れていないかをチェックするために、お医者さんにも定期的に見てもらう必要があるんです。それができた方がお母さん自身が損をしないですむということになりますよ。」

少なくとも春先の頃と今を比較してどこまで変わっているのか、それとも変わっていないのか。それを知ることの治療上の意義は大きい。

「前回行ったお医者様が苦手なら、ほかの先生だっていいですから病院へは行ってほしいんです。」

あとでこんなはずじゃなかったと悔やまれることのないよう、お母さんには耳の痛い話をすることになった。私の話が期待から外れたからか、不満げなお母さん。しかし、私の領域も医療である以上、ものの理から外れることは無い。一見してミラクルに思える現象も、そうなるべくして起きたこと。決して奇跡の類ではなく、また今後の見通しについても冷静に対応しなければならない。

医療機関への通院に関しては再考していただくことを促し、治療に移る。
初回の治療で伸びなかった脚は伸びるようになった。2回目の来院時には股関節の過緊張は成りを潜め、3回目には痛む側の股関節に体重を乗せられるように。このころには院内を歩く姿もだいぶスマートになってきた。

しかし、毎回の治療ごとに「レントゲンは撮りましたか?」と聞くも、首は横へと振られる。一番良いのは病院での検査結果と照らし合わせて治療を進めることなのだが、医師と鍼灸師・マッサージ師・柔整師の連携はまだまだ難しいのが現状だ。悩ましいことだが、患者さんのためにも引きつづき努力を続けたい。

(文責:非営利型一般社団法人徒手医療協会 代表理事古川容司)