耳閉感と目まいの相談

耳閉感(プールで耳に水が詰まったような感じを想像してほしい)と目まいの相談で来院されたAさん(30代男性)。デスクワーカーのAさんは、1か月前に右耳の難聴を発症した。その後、聴力は正常に戻ったものの、耳閉の症状が残ってしまったそうだ。

病院では、内耳の浮腫によるものとの診断で「メニエール病」ではないかとの指摘もあったそうだが、話を聞く限りではその線は大丈夫のようだ。その根拠は以下の通り。

Aさんの「めまい」は、フワフワと身体が揺れるような感覚だという。これを「目まい感-浮動性目まい」というが、メニエール病の発作で生じる目まいは視界がぐるぐると回る「回転性目まい」だ。さらにこの「回転性目まい」が「耳鳴り」「難聴」といった聴覚障害と併せて起こるのがメニエールの特徴。この点から、Aさんにメニエール病の線はないということが分かる。

Aさんのいう「フワフワと身体が揺れるような目まい」の原因は、軽い脳貧血だ。少し脱線するが、この目まい感の原因を「耳砂障害(内耳の中にある平衡感覚をつかさどるセンサーの故障)」としている文献も見受ける。しかし目まい感の相談で「耳砂障害」を真剣に疑うようなケースは私の診る患者さんにはむしろレアケース。

こうした「目まい感:浮動性目まい」は不良姿勢を背景とした「肩こり」や「頭痛」などの相談でよくみられるもので、この症状の本態は不良姿勢の影響から脳幹や小脳に血液を送る椎骨動脈やその先の脳底動脈に生じた軽度の循環不全と考えるほうが無難だ。

その証拠に、多くの「目まい感」の相談はストレートネックや猫背で頭を前につき出したフォーワードヘッドポスチャーといった不良姿勢を解消することで片が付くケースがほとんどだからだ。こうした結果からも「目まい感」というものの多くは、不良姿勢によって頸椎の関節が椎骨動脈を圧迫しているか、あるいは窮屈な状況に置かれ続けた動脈が過敏性を持ってしまい一時的に攣縮してしまうか、といったことが原因して起こるのだろうと考えられる。

ここまではそう怖くない話だが、この「目まい感:浮動性目まい」も高齢者に生じた場合は注意が必要だ。例えば、高血圧があって目まい感も続くような場合、高齢者では脳底動脈の梗塞(動脈硬化によって血管が詰まってしまう)を生じているケースがある。こうしたケースでは、姿勢がどうこう、肩凝りを解消してどうこう、という話ではもはやない。この場合は脳外科へかかること。脳外科でもいきなり手術となることはまれだそうで、まずは薬で予防を行うことになるので患者には安心して受診してもらうよう促すことが大切だ。

さて、話を戻してAさんの場合。Aさんには幸いなことにメニエールを疑う随伴症状がない。このため、メニエール病というのは現時点ではなさそうだという判断になる。では、Aさんの目まいや耳の聞こえ辛さ(耳閉)は何が原因なのだろうか。

ここから先はAさんの身体に聞いてみないことには分からない。身体を調べると、胸椎は後弯が強くて固定的だ。この丸い胸のために前述した「頭を前に突き出したフォーワードヘッドポスチャー」となっていた。この姿勢では、脳底動脈につながる椎骨動脈という動脈に並びの悪くなった頸椎による圧迫が生じる。こう書くと関節による動脈の圧迫が血流障害の原因のように思えくるが、強い頸椎の変形でもない限りは直接骨が血管を圧迫して血流を止めることはない。

そこで考えられる原因は血管の攣縮。動脈は「筋肉質」なので、結構自力で伸び縮みできる。その伸び縮みをコントロールしているのが「血管運動神経」という神経。この神経に刺激を与えると動脈はキュッと縮む。この話を椎骨動脈に当てはめて考えみよう。

椎骨動脈にとって窮屈な関節の位置関係が慢性的に定着したとする。すると刺激を受け続けた椎骨動脈をコントロールしている血管運動神経は過敏になり、時に支配している動脈に痙攣を起こす。痙攣した動脈は直径が細くなるから血流量が落ち、脳貧血が起こるわけだ。これが軽度の場合は「目まい感」へとつながる。

※ここからまた脱線
椎骨動脈の攣縮、これもひどいと回転性の目まいを生じたり失神することもある。そこから転じて、むち打ち損傷の後、頸椎を乱暴に操作するとクラクラしたり吐き気を覚える原因を椎骨動脈に分布する血管運動神経のダメージによる過敏症、それによって生じた血管攣縮による脳貧血(脳幹の虚血⇒脳幹網様体の虚血で立ちくらみ/嘔吐中枢の虚血で吐き気・嘔吐)が原因していると私は考えている。ついでに、私はこれをボクサーにある「落ち癖」の背景だと考えている。落ち癖」というのは軽いパンチをもらってもダウンしてしまうという症状。そうしたとき、現場では数か月間もスパーリング禁止にする。その意味は血管運動神経の過敏症が落ち着く(傷ついたであろう血管運動神経が回復する)までそっとしておくという事なのだろう。

さて、Aさんの場合は右の後頭環椎間が狭く、動きを失っていた。「浮動性目まい」の犯人はおそらくこれだろう。では「耳閉」の犯人はどこにいるのか。

Aさんの頭蓋を詳しく調べてみると右の側頭骨が外転したまま後傾して動きを失っている。これは側頭骨の持つ生理的な運動から外れている。『なぜこんな窮屈な形で固まってるんだろうか?』といぶかしく思うわけだ。どうやら右の胸鎖乳突筋と咬筋の緊張が側頭骨を引き込んでいたようだ。


図版引用:『クリニカルマッサージ』James H.clay/David M.pounds著 大谷素明監訳(医道の日本社 )

胸鎖乳突筋は内耳を包み込む乳様突起と鎖骨・胸骨をつなぐ筋肉だが、フォーワードヘッドポスチャーを固定する筋肉でもある。この胸鎖乳突筋は耳鳴りなどの聴覚障害の原因にもなる筋。


図版引用:『travel&simons’ trigger point flip charts』lippincot williams & wilkins

さらに、このフォーワードヘッドポスチャーでは顎関節の負担も強まるため咬筋の緊張も強まる。この咬筋の故障は外耳道の違和感や痛みを引き出す。


図版引用:『travel&simons’ trigger point flip charts』lippincot williams & wilkins

Aさんの治療では、症状に直結していた問題点として「胸鎖乳突筋」「咬筋群」「第1頸椎」に手を入れたところ、症状の大幅な緩和を得ることができた。さらに自宅でもできるセルフケアをお伝えして初回の治療を終えた。

めまい・カスミ眼に後頭環椎間の筋膜リリース~脳底循環不全とメニエールの鑑別ポイント~

(文責:非営利型一般社団法人徒手医療協会 代表理事古川容司)