身体機能の最適化と強化~世代を超えたウエイトリフティングの可能性~


清水ナショナルトレーニングセンター

2015年8月、日本ウエイトリフティング界トップアスリートである平岡勇輝選手への取材のため、静岡県清水ナショナルトレーニングセンターに向かった。敷地内の専用練習場では、ウエイトリフティング実技の直接指導をいただき、さらに平岡選手の練習風景からは、20数年にわたって磨き上げられた動作の一つひとつから多くの学びを得ることができた。その後の会食を交えながらのインタビューでは、平岡選手の気さくな人柄にも魅せられながら、ウエイトリフティングとの出会いから現在に至るまでの競技の醍醐味を興味深く伺った。なかでも本特集では、ウエイトリフティングの魅力 ―年齢を問わずヒトの身体に備わる根本的な仕組みを強化し続けるための優れたスキル― を対談形式で紹介する。

■ ■ Profile ■ ■
徒手医療協会インタビュー 徒手医療協会インタビュー
平岡勇輝 選手 Yuki Hiraoka 聞き手:古川容司
ウエイトリフティング全日本選手権7度優勝。94Kg級日本記録保持者(記事公開時現在)。クロスフィット代々木ヘッドコーチ。Reebok ONEアンバサダー。1983年生まれ。静岡県出身。 当会代表

身体機能の最適化と強化|徒手医療協会インタビュー

1. はじめに
2. ウエイトリフターの能力特性
3.「動き造り」と「身体造り」
4.「プラットフォームトレーニング」
5.抗重力機構活性化メソッド:Anti-gravity mechanism activation methods
6.おわりに


1. はじめに

私の仕事は、端的に言えば筋骨格系の機能を取り戻すことです。
ながらく臨床に携わっていて、治療としての成果は出せるようになりました。効果的なセルフケアの数々も見つけ出せました。それらを患者さんに伝えることで、日常で繰り返される故障を乗り越えていただく道筋は示せているとの自負はあります。
徒手医療協会インタビューしかし、その先が心もとない。日常の動作をこなすのに必要なレベルの機能を取り戻したあとに、正常な機能をより強固なものとするための強化の道筋はまだ弱い。そこにはストレングスというピースが欠けています。
もちろんこれまでにさまざまな手法を模索してきましたが、ついにもっともふさわしいピースが見つかりました。それはウエイトリフティングです。より活動的に人生を送るための道筋として、シンプルかつ最大効率で求めようとする結果につながるスキルとして、ウエイトリフティングこそ、その答えとして計り知れない可能性を秘めていると、確信をもってお伝えできます。
この特集で紹介する対談は、競技の第一線で活躍されている平岡勇輝選手にご協力をいただき実現しました。高校新記録を叩き出して以来、常に日本ウエイトリフティング界のトップを走られてきた平岡選手の磨き抜かれた感性と積み上げられた実力からは、ヒトの身体機能をより効率的に高めるためのヒントが満ち溢れています。
徒手医療協会インタビューウエイトリフティングという競技は、とかく一部の限られたアスリートのみが行う筋力トレーニングととらえられがちです。しかし、海外では小学生の体育の授業にも日常的に用いられています。また、高齢者の機能訓練としての活用も試行され始めています。私たちの治療現場や運動指導の先にいる多くの方々へ、より健やかな健康余命の増進とQOLの向上を届けることは私たちの使命です。ウエイトリフティングという競技、また競技によって磨き抜かれたウエイトリフターの感性から得られる多くの学びを臨床現場へ還元していきたいと思います。
(古川)

2. ウエイトリフターの能力特性

平岡さんは選手として活躍される一方、トレーナーとしても活動され、ウエイトリフティングを他種目競技のトレーニングとして取り入れていらっしゃいます。指導においてどのような変化がみられますか?

-平岡  今見ているなかでも、水泳部、特にバタフライの選手で一気に記録が伸びました。また、バスケットボールの選手でも切り返しの瞬発力やジャンプ能力が向上しており、その効果を実感しています。

ウエイトリフティングを行うことで運動能力が開発されるということですね。

徒手医療協会インタビュー-平岡  そうです。例えばそれぞれ時期は異なりますが、全競技で日本代表が味の素ナショナルトレーニングセンターに集結して、集まったら1年に一回はスポーツテストなどを行います。その中に、メディスンボール投げや30m走、立ち幅跳び、垂直とび、また関節の強さを測定したり、パワーマックスを行ったり、けっこうつらい項目があります。そして、この種目はこの競技が有利だとか、詳しく調べられています。なかでもウエイト班は30m走ではダントツで一番です。

数字で表れているんですね。

-平岡  特に走る練習はしていないのに、30m走では一番です。垂直飛びで結果がいいのは分かりますよ、ウエイトリフティングの競技動作に含まれますから。でも、30m走も速い。スポーツ動作においては立ち上がりが速いほうが有利です。

0のスピードからマッスクに上げるのが一番大変だし、重要な局面なんですよね。

徒手医療協会インタビュー-平岡  その点、ウエイトリフターはやっぱりスタートが飛びますね、スパーン!って。ただ50mになると多分失速すると思いますよ(笑)。最初の10mくらいでズバーっといって、あとは…となりますが、でも30mは一番です。いろんな競技にはそういうところでは相当役立つと思います。野球でも打った瞬間に「バッ」と走れます。サッカーとかバスケットボールでも切り返しが切れてきます。そういうところでトップリフトも上がってくる。瞬時に0から100の力を発揮できる強さというのは、ウエイトリフターがナンバーワンだと思います。

どんなスポーツでも競技を続けていくとケガや故障に見舞われますが、ウエイトリフィティングではどうでしょうか。

-平岡  故障についてもその予防になります。コアに関わる筋肉というのは自然と高められることができますし、腰痛もそうですが、まず肩こりが良くなります。肩の可動域も相当広がってきます。

たしかにウエイトリフティングの動作を見ると、重りを跳ね上げるために全身を瞬時に爆発的に伸展させたり、跳ね上がった重りをキャッチするために柔らかく屈曲させたりと、静と動、剛と柔がドラマチックに反転してゆきますね。そうした動作を学習する中で、体軸の動的な安定性や四肢の動的な柔軟性を獲得してゆくことができているのだろうと感じます。

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また、胸郭の伸展方向の可動性一つをとってみても、ウエイトリフティングの選手は非常に優れていますよね。身体の厚みが大きいから、胸郭の伸展の大きさに一瞬気が付かないですけれども、私と平岡さんを比較したら判りますね。

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…全然違いますね(笑)

-平岡  ダンサーの動きとか、得意ですよ(笑)

僕は平岡選手と同じ動きにするために腰を反って代償運動をしてしまいます。ここ(腰部の過前弯による代償)を止めたら今度は胸から肩が回らない(胸郭の伸展動作)。肩が回らないまま腰部の代償を拒むとスナッチなんかでバーが軸まで乗せられずに落ちちゃう。一方で、代償して挙げると腰椎が過度に伸展させられてきしんでいく。

-平岡  一般の方に多いですね。でも、繰り返し練習する中で胸や肩の固さも取れてゆきます。

繰り返す中で自然と体幹筋を上手に使って腰椎を守りつつ、胸郭で上手にバーを受け止められるようになってゆく。つまり、ウエイトリフティングを通じて肩や胸郭の可動性も軸骨格のアライメントを保障する支持機能も、必要な機能が実用的なレベルで獲得されていく。ウエイトリフティングは今の私たちに必要な適応を促してくれるんですね。

-平岡  その体軸のコントロールですが、やっぱりお相撲さんなんか見ていると白鵬はすごい。胸郭のコントロールがすごく上手いんです。モンゴルの人は上手いです。残念ながら日本人はそこが動かない。

言われてみれば、確かにそうですね!

徒手医療協会インタビュー-平岡  胸の開きが狭いとバーンっと当てられたら負けてしまいます。当たりを受け止めるのに必要な角度を作ることのできる胸の自由度としっかり骨盤で受け止める体幹の強さ、そして連動性…。そこが白鵬はほかの力士とは桁違いですね。

平岡さんは強い圧力に耐えなきゃいけないという競技特性があるから、そういう道筋というか、そういった切り口にとても敏感なんですね。

-平岡  (相撲におけるぶつかり合いは)すごい圧力でしょうから、どうやって耐えるのかなっていうのはよく見ますね。

そうした視点で見ても、やっぱりラグビーやアメフトなどで積極的にウエイトリフティングを取り入れる理由が分かりますね。

-平岡  分かりますね。

そうした高負荷でのやり取りは、爆発的な筋力発揮を保障する神経系の立ち上がりや筋量、上下肢をつなぐ体幹部の動的安定性が高いレベルでなくては難しいでしょう。

-平岡  僕らが挙げる重量、それを頭上で支えるためには相撲やラグビー選手の持つレベルのコネクションでないと爆発的な力を発揮するは難しいですからね。

3.「動き造り」と「身体造り」

少し長くなってしまいますが、私がウエイトリフティングをとても魅力的だと感じた、その理由のひとつをお話しさせてください。
手足の動きを連動して保障するための動作環境「動的平衡」というのがあります。
例えば、走るという動作。足を踏み出そうとするときに、そのままだと骨盤の回転が一方向に流れてしまうので反対の腕を振りだすことで逆回転を作る。この時、捻転動作に沿って筋膜群や関節構造が働くと骨盤(第2仙椎前方)に基点が置かれ、捻転動作全体が安定します。ただ、この時の動作基点は個々人の持つ特性で必ずしも構造的に最適な骨盤の捻転中心に来るとは限らない。下肢を振り出す際に腹壁の筋が骨盤前面を固定しきれないとか、胸筋群が縮み猫背であるために脊柱全体のアライメントに狂いが生じているとか、ちょっとした機能障害のために容易にスイートスポットから外れてしまいます。多いのは上半身と下半身のカウンターローテーションの支点が骨盤部から腰部に引き上げられてしまうケースです。構造上最も強い力線を保てない条件があると、その条件でのMAXしか出しえない。その個体が本来持っている100%のパフォーマンスには成り得ないといえます。しかも、正常な機能を失っているという条件下での運動からは代償動作の連鎖が始まりますから、長く繰り返すことで壊れてしまう。そうした憂き目にあわないためにも、身体構造上無理のない動きを学び、構造上無理のない動きで身体を強化することが望ましいでしょう。
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では、何をしたらいいのか?その一つの答えとしてウエイトリフティングは非常に優れた解となると考えました。実際に取り組んでみて気づいたのですが、ウエイトリフティングでは代償動作自体を正してゆかないと高重量を扱う難易度が一気に跳ね上がってしまうという特性があるようです。四肢体幹における連動のタイミングが合えば驚くほどスムーズにバーを引き上げることができる反面、僅かにずれただけで挙げることができなくなりますし、骨格を正しく操作できないとエラーを生じた関節に強い負担がかかり、過ちを自覚させてくれます。そうして身体構造に沿った最も無理のない動き方、ロスのない力の伝達を学び、さらには身体構造自体を強化してゆく。正しい動きを作りつつ身体も強化する、パフォーマンス向上と障害予防のための重要な課題をクリアするためにも非常にバランスのとれた鍛錬方法だと思われます。

-平岡  「ジョイントバイジョイント」という言葉があります。動くべき関節に運動を、基点になる関節には安定をと。ファンクショナルトレーニングのベースになる概念で、大切だと思います。ウエイトリフティングではそうした要素をシンプルな動作にまとめ上げてあるので、それが故にすべての動作のベースメントを高めることができる、身体を通した学びを高めることに使えるというのが利点としてあるのかなと考えています。
先ほどの話に戻りますがウエイトリフィティングは正しく身体を使うためのトレーニングですので、障害の予防にもなります。しかし日本ではそれについて誤解があるというか、お年寄りにも子どもにも身体造りにとても適していることが日本ではまったく理解されていないという現状があります。
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先日、ウエイトリフティングの公式戦に機材提供されている株式会社ウエサカ・ティー・イーの高橋さんから伺ったのですが、欧米では小学生の体育の時間にウエイトリフティングがあって、動ける身体を造るという意味でウエイトリフティングを取り入れているんだそうですね。私もまったく同じように、そうであったらよいのにと考えていたので嬉しくなりました。日本ではなぜやらないのでしょうか。良い道具を作る会社が日本にあるのに、この現状は実にもったいないなと思います。

徒手医療協会インタビュー-平岡  そうです。欧米では動き造りの一環として、子どもの頃から取り入れられています。しかし今、日本のウエイトリフティングの世界は高校と大学の部活だけ、学校でだけなんです。残念ながら外の世界へ行く人がいません、トレーナーになる人もいません。トレーナーになってウエイトを広めよう、教えようという人はいなくて、自分がどれだけのことをやってきたかが分かっていないのです。もったいないです。ウエイトのスキルがどれだけ役立つかが知られていない。今までやってきたことは、他の競技においても十分役立つということを教えてあげたいです。もっと言えば、ウエイトの経験でやっていける、選手としての経験は無駄じゃないんだということを僕が証明して後進を勇気づけたいと思います。

そのために、具体的な取り組みも始められていますね。

徒手医療協会インタビュー-平岡  ジュニアの育成ももちろんですが、まずは一般の方向けに「クロスフィット」でウエイトリフターが重宝されるということを確立したいですね。トレーニングの中心にウエイトリフティングがあることが常識になれば、ウエイトリフターも求められるし、ウエイトリフターからトレーナーを志す人も増えると思います。さらにウエイトリフティングが普及されれば、あらゆる競技、スポーツ全体の底上げになります。

ウエイトリフィティングは、子どもの成長過程における身体造り、故障の予防、競技者における基礎力の向上といった運動指導者や治療家の取り組むあらゆる分野で確実な効果をもたらす競技だと言えますし、そのスキルというかノウハウを備えたウエイトリフターの活躍の場が広がることがその一番の近道だということですね。

-平岡  その通りです。トレーナー業界に入って、自分のこれまでウエイトリフティングで積み重ねてきたことは正しいと確信を持ちました。

4.「プラットフォームトレーニング」

平岡さんの指導は動きの改善点を非常に端的にご指摘されますね。必要なタイミングに必要な情報をバシッと示される。これは動きを見て取るスキルの高さを物語っています。ウエイトリフティングを実践されていて感覚の研ぎ澄まされた方がトレーナーをやられたらすごいでしょうね。

徒手医療協会インタビュー-平岡  知識はあとから加えて、実際の見方が正しければよかった、ということでいいでしょうね。実践を伴った知識のほうが、真実味がありますね。知識は、目の前にある現象の裏付けを取るくらいでちょうどいいのでしょうね。

平岡選手は今、選手として活躍するばかりでなく、このように積極的にウエイトリフティングを普及されたいとお考えですが、どのような方々へ広めていかれたいですか?

-平岡  まず今想定している対象者はジュニアの子ども達と一般の人々です。将来的にはジュニアではあるんですが、その前に着手すべきなのは一般の人と考えています。一般の「スポーツに興味はない層」へアプローチしたい。

スポーツに興味はない層、とは…?

-平岡  人間ってどこかでやはり「健康になれたらいいな」「運動しなければいけないな」と思っているところがあると思います、きっかけがないだけで。どちらかというとやったほうがいい、ということを思っている。その中でいちばん身体の機能が改善されて、なおかつ、格好良く筋肉も付く方法はないか?と思ったときにウエイトリフティングが選ばれるように。本当に一般の、スポーツにも別に興味がない人でもウエイトリフティングをやろう、やってみようと思われるように、まずは一般の人ですね。
徒手医療協会インタビューいま、フィットネスの中でも知名度の上がってきている「クロスフィット」のなかで浸透させて「ウエイトリフティング」という種目のもつ効果というのをうまく伝えていければと思います。そしてウエイトリフティングとはなにかというのを国民の皆さんに知ってもらいたいと思っています。そのあとにジュニアの強化で、学校教育に組み込んでゆきたい。
ウエイトリフティングがバックグラウンドにあって、そのなかから例えばプロ野球やサッカー選手として活躍して有名になった時に、小さいころにどういった練習をしていたのかと問われて「ウエイトリフティングをやっていました」となれば、その必要性を理解してもらえると思います。まずは一般の方々に理解してもらうこと、それからさらにジュニアの育成です。ジュニアが10年後20年後に強い選手になった時にウエイトリフティングをやっていたということになれば、そこが僕のゴールです。

すべての世代に受け入れてもらうということですよね。その足掛かりとして一般への認知、次いでジュニアの育成というステップになるであろうと。

-平岡  ただ、部活とかでやってしまうとおそらくその道しかできなくなってしまうので、いろいろなスポーツをやりながらウエイトリフティングをやれるというのが望ましい。それが民間のジムのいいところだと思います。

たしか国のスポーツ振興施策の中で、少子化で部活動が減少していることへの対策として「兼部」を勧めていたかと思います。子どもの数が少ないから一つの競技に縛ってしまうと存続できない部が増えて競技者がいなくなってしまう。当然人数が少なければ強い選手が育たないということで、どう効率的に「兼部」をさせるかということを言っていたと思います。しかし、私はただ兼部させるというだけでなく、すべての運動要素を効率的に摂取させるという意味合いで兼部を考えるのであれば、より積極的な試みとなると思うのです。そこにこそウエイトリフティングです。すべてのベース、ホームベースというか「ステーション」あるいは「プラットフォーム」としてウエイトリフティングがあっていいのかなと。

-平岡  その通りです。

「プラットフォームトレーニング」みたいな。勝手な造語ですが(笑)

徒手医療協会インタビュー-平岡  いいですね。欧米では動き造りの一環として体育の授業に取り入れられています。僕も日常に取り入れられるような、体育の授業に必ず入っているのが一番いいと思います。

積極的に身体を動かすということで身体を適応させ強化しつつ適応させていく、ということを考えれば、低負荷で変えるということが至上ではなく積極的に負荷をかけていくことで柔軟性、機能的可動性を上げるという概念は今求められてしかるべき概念ではないでしょうか。

-平岡  そうですね。それしかないと思います。

5.抗重力機構活性化メソッド
ANTI-GRAVITY MECHANISM ACTIVATION METHODS

重い重量を上げるというイメージのあるウエイトリフティングですが、骨粗しょう症で骨をもろくしたくない、寝たきりにしたくない、という取り組みをしている我々にとっては、適正重量であれば自分の身体を使い切る効果的なトレーニング方法だということを知ってもらいたいですね。海外では骨粗しょう症で背中の丸まったおばあちゃんにウエイトリフティングを試験的に取り入れている国もあるそうです。

-平岡  そうです、適正重量ということであれば、どの世代の方でも取り組むことができます。

それを安心して紹介することができるようになるためには、僕ら医療業界の人たちがそういう認識を持たなくてはいけないですね。たとえば高齢者の寝たきりの予防としては、筋力トレーニングではなくバランストレーニングが良いといわれています。アメリカのFICSIT研究(*)で既にその調査結果が出ています。自分の身体をコントロールしきるための神経系の働きを上げたほうが転ばなくなる。そのための運動として、フィクシット研究では太極拳を上げています。ゆっくり片足を上げたときにバランスを取れる能力が上がるからいいよね、と言っています。でも、僕は少し物足りなさを感じます。それだと、今の身体構造、体力などの条件における適応で効果が頭打ちになってしまうと思うんです。私たちの身体は目的に応じて適応してゆく力があります。

*「転倒予防のための運動介入の効果と課題」金 憲経2011/03/03 東京都健康長寿医療センター研究所

崩れた姿勢では運動時のエネルギー効率も悪いわけですから、可能な限り正常に近い姿勢、つまり重力線に上手に適応した骨配列、これを取り戻してゆきたいわけです。しかし、そういう適応を促すには前後左右の揺動をコントロールするという運動課題では不十分だと思われます。そこには重力に抗いやすい姿勢を学習させてゆくという運動課題が必要でしょう。可能な限りという但し付きですが、運動効率をさらに上げるための姿勢を手に入れるために、重力に抗い鉛直方向へ力を発揮してゆくという条件が欲しい。それにはウエイトトレーニングの方が適していると思います。
もう一つは、フリーウエイトでのトレーニングを考えてみたら、すべからく関節を上手に固定して身体全体を上手にリンクさせて動かすという運動課題になるので、関節の不安定性を改善する効果もマシントレーニングよりも高いでしょう。関節の支持性が正常化されながら行われる全身運動はそれがすなわち運動療法になります。重りを持つことで関節からの求心性の入力が高まると目的の仕事をこなすのに自分がどう動いたのかをより詳細に脳が認識できるんです。すると、その情報を活かして、「よし次はもっとこう動かしてみよう!」と運動プログラムの効率化への試行錯誤が促進する。ウエイトリフティングでは鉛直に圧もかかるというところがミソですね。そこがいい。重力への適応が促される。こうした応答が繰り返されることがフィクシット研究で転倒予防に効果ありとされた神経系のトレーニングにもなります。こう考えるとウエイトリフティングはいいことずくめですね。

-平岡  僕は常に運動療法をしているんですね。

ストレングスでありながら無駄なく効率的に身体を操作するためのスキルトレーニングにもなっていると考えられます。そうそう、バランスよく身体を使うせいか平岡選手は身体の左右差がほとんどなかったですね!

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これって、なかなか無いことなんです。皆、何がしかの癖を身体に持っていますから、調べれば左右差はみられて当たり前なんです。でも、平岡さんは驚くほど均整がとれていましたね。これも、重力という直線に沿ってバーを持ち上げてゆくという競技特性によるところではないかと、非常に興味が湧くところです。またその均整のとれたバランスも平岡選手の試技の美しさの一因なのでしょう。
それになによりウエイトリフティングは学ぶ楽しさに溢れています。こうした感覚は私たちヒトの本能に根差しているのではないかと思うんです。動物の生存戦略の一つに「走性」というものがあって、川魚が川上に向いて泳ぐとか、てんとう虫が止まり木を上へ上へと昇ってゆくとか、そうしたある一定の刺激に対する本能的な行動です。私は人の走性は重力に抗うということではないかと思うのです。
例えば、頭部を地面から引き離すようにイメージさせたとき、全身の骨格の配列は中立位を取り、その姿勢を保持するために筋膜装置はバランスよく機能してゆきます。恐らく私たちは、重力に効率的に抗うためのシステムを基本性能として持っているのでしょう。赤ん坊が成長を通じて自然と立ち上がって飛んだり跳ねたりできるのも「いかに重力に効率的に抗うか」というDNAからの指令に沿っているのかもしれないなと思うのです。
そうであれば、私たちヒトのカラダをきちんと機能させるには、「重力に抗う」という条件を念頭に置いたトレーニングをすればいい。そうした切り口で「クイックリフト」という種目を見てみると、姿勢の改善やそれに伴う神経制御を育てるのに非常にうまくできているなと感じます。

徒手医療協会インタビュー-平岡  ウエイトリフティングの可能性はまだまだ広いんですね。健康への効果が高いということが浸透してくれたら私も嬉しいですし、そう言ってくれる人が医療畑にいるというのはとても心強いです。でも、そう思わない方もまだまだ多いと感じます。僕らの中でも身体に悪いと思っている人は多いと思います。膝を壊していたり、腰痛を引きずったまま選手生活を過ごしていて、これはもう無理だってやめていく人も多い。それで、辞めたとたんに楽になるもんだから「ウエイトリフティングは身体痛くなるよ」って言っちゃうんです(笑)。もうやりたくないって言いだしたりね。

もったいない!それは知らないだけですよ! 動きの意味とそれによる作用を知ればきっと分かってくれると思いますよ。

-平岡  そう、もったいないですよね。そもそも、僕自身にはそんなこと(故障で潰れてゆくこと)はないですしね。

そうした意見の方々は、本当の意味で身体を正しく使うという学習になっていなかったんでしょうね。ケガで生じた代償動作が二次的、三次的故障へと波及してゆくケースは臨床上よく見ます。急性期を過ぎて痛みが落ち着いても、関節機能が正常化していないなんてことはざらにあります。正常なコントロールを失った状態での反復練習が二次的、三次的な故障へとつながってゆくんです。故障の繰り返しという袋小路にはまり込まないためにも、ケガを押してやるのではなくてケガをしても楽に上がる方法を探す、というのが大事です。

最後に、普及に向けてのビジョンがあれば教えていただけますか。

徒手医療協会インタビュー-平岡  まず一般の人に知ってもらい、一般の人が入れるような環境を作ること、そしてウエイトリフティングへの理解が広がることが大切だと思います。部活動をしている学生も、ウエイトリフティングを並行してやらせてもらっていいですか?と聞かなければいけないような状況です。今はウエイトリフティングができる環境が全くないので、堂々とお金を払ってウエイトリフティングをやっていける場、そういった環境を提供してあげたいです。それも、より安全に行うために一流の機材が揃った環境を整えて提供したいですね。そのために、現在ジムの立ち上げに着手しています。

すごい!それは楽しみですね。

-平岡  ジムの中でやりたいこととしては「クロスフィット」に織り交ぜながらウエイトリフティングを展開していくということです。クロスフィットも基本的には人間の身体機能の開発強化をより高い強度まで行っていくということなので、ちゃんとした運動能力を養えると思います。その中でウエイトリフティングも明確に入れてゆくということです。

まさに総合的な「身体機能の開発強化」ですね!

徒手医療協会インタビュー-平岡  ウエイトリフティングに興味を持ってもらえたら、ウエイトリフティングに焦点を合わせた方向に行くし、身体的能力のベースをバラエティに富んだ形で引き上げたいということであればクロスフィットの一要素としてウエイトリフティングに取り組んでもらえたらいいと考えています。さらにほかのスポーツに生かしていくという発想を持っていただくのもいいと思います。ともかく、トレーニングの中にウエイトリフティングが必ずある、という状況を作りたいですね。身体能力の向上、競技能力の向上のためにウエイトリフティングが必ず入っているという状況を伝えていきたいですね。

当たり前にウエイトリフティングが僕らの周りにある、という状況ですね。例えば学校でもやったことがあるし、ちょっと食べすぎちゃったから身体を引き締めるのに隣の体育館に行ってクイックリフトやってくるよ、なんていう。

-平岡  そんな環境がいいですね。コートを走るのではなくてウエイトリフティングをやる、という常識がいいですね。スペースも少なくて済みます。
あと、ジムはマニアック過ぎないほうがいいですね、マニアックな人はどこへ行ってでもやるので(笑)。一般受けして、受け入れられるように入りやすいようにしたいですね。

間口を広くし、取り組みやすい環境を用意しようということですね。

徒手医療協会インタビュー-平岡  そうですね、それは常々意識しています。

実は私、ウエイトリフティングに偏見があったんです。ウエイトリフティングではとてもでっぷりとした体型の人、そういう体型の人がするものというイメージがあったんです。でもそれはごく一部の重量級の選手だけで、それ未満の階級の人たちは、むしろそぎ落とされている。そのあたりももっと知ってもらいたいと思っています。「全然違うよ!」って話で。

-平岡  そういうイメージで見られがちですが、全然違います(笑)。そういう体型は重量級ひと階級だけです。それ以下はものすごい絞れています。

鍛え上げられた無駄のない身体ですよね。

-平岡  ちょっと前にテレビで各アスリートたちが集められて面白い話をするっていう番組があったんです。そこでウエイトリフティングは重量級の2人が呼ばれてしまって、イメージ通りの。シナリオも局が作ってきて、イメージ通りのことをやらされたらしいです。ウエイトリフティングは食べるしか楽しみがないとか、寝るだけとか言わされちゃって。けっこうそこでがっかりでした。やっぱり世間一般ではそういうイメージなんだなとは思いましたが、みんなそれを見て「ああやっぱり」って笑って、というテレビ作りをしていたと思うんですが、すごく残念でした。ウエイトリフティングのなかにはすごくスタイルのいい人もたくさんいるのに、誤ったイメージ通りの出され方をしてしまったんです。

そこを逆手に取りたいですよね。

-平岡  逆手にといえば、今、八木かなえ選手が注目されているのはそこですね、イメージを逆手に取っています。

見た目にもインパクトの強い重量級から競技への認知が始まって一般受けする体型の中量級でファンをつかむという感じですね。ギャップは生かせる環境ができていますよね。私の立場としては、ウエイトリフティングという競技や競技者への認知が高まってきた後は、医療従事者の先にいる患者を含めて一般の方々にウエイトリフティングの効果を知っていただくということで、ウエイトリフティングのすそ野が広がる可能性としてつなげてゆけたらいいなと思います。

徒手医療協会インタビュー-平岡  そうですね。医療従事者の方々を通じて一般の方々にもウエイトリフティングの魅力を知っていただきたいですね。ウエイトリフティングがトレーニングのスタンダードであるだけでなく、あらゆる世代の方々に受け入れられるようにしていきたいですね。

6.おわりに

ボリュームのあるスペシャル対談の本コンテンツ、いかがでしたでしょうか。ウエイトリフティングは、一スポーツ競技としての面白さだけでなく、身体の仕組みを動きの視点からとらえて考えるほどに示唆に富む、卓越した機能回復・機能強化メソッドであることをお伝えできたのではないかと思います。以下に、身体の動きを読む視点からの解説を添えて本特集のまとめとします。

私たち治療家の仕事とは故障者を日常の生活に戻してあげるお手伝いです。そこでは正常に機能できなくなった体を再び機能させるために、可動域や神経‐筋のコーディネーション、筋力の回復を促すために様々な取り組みをします。そうした仕事の要素のなかで、患者さんが受け身でいられるのは最初の「可動域の回復」くらいなもので、「コーディネーション」つまり神経制御の正常化や筋力の「強化」は患者さんの能動的な参加を必要とします。また、壊れてからの対応ではどうしても後遺障害という結果が拭えません。そのために、転ばぬ先の杖と申しますか、人が人として生きていく上で、そうそう壊れることのないカラダ造りというものが先行されることが望ましいと考えます。
これらに対応するのは運動訓練の領域で、つまりきちんと役に立つ仕事をしようと考えると、治療家であっても「運動指導」を行うことは必須であるといえます。しかし、残念ながら故障者もしくは故障を繰り返してしまう患者への運動指導はまだまだ模索中というか成熟していないのが実情でしょう。冒頭「はじめに」でも申し上げましたが、まだまだ開発段階のこのピースに最もシンプルで最も効果的にあてはまる運動指導メソッドがウエイトリフティングであると確信しています。私は、ウエイトリフティングというものを身体機能の正常化のためとして、また、より高いレベルの健康を手に入れるための優れたスキルとして見ています。その効果を安全に提供するには、動きの持つ意味合いというものを知った上で指導を展開できればよいのではないかと考えています。
たとえば、ヒトが持ちやすい一般的な問題点として、胸郭の後弯増強・伸展制限があります。つまり猫背。胸が固くて背中が丸くなっている人がそうですね。胸の動きが悪い分、頸椎や腰椎に故障を生じやすくなります。これに対して、クイックリフトでは頭上にバーをキープする動作を繰り返す中で胸が開き、胸郭に展方向の機能を可動性・筋力・コーディネーションを揃えて再獲得させることができます。
この部分だけを取ってみても、正常な脊柱のアライメントを保持するための条件が一つ改善されることが分かります。ただし、胸が開かないことを肩関節で賄おうとした場合は肩関節に限界以上の負荷が繰り返しかかることにもなり、肩を壊してしまうという結果もありえます。そうならないようにするには、何を目的とした動作なのかを明確に意識させ、目的にかなった正しいフォームを目指すという条件が大切になります。このような取り組みを行いやすくするために、事前に胸郭の伸展性を獲得するエクササイズを十分に行っておくことも安全かつ効率的にトレーニングを積むうえで有効です。ウエイトリフティングの練習の中に、すでに取り組まれているものとしてバーを使ったストレッチがありますが、競技動作に必要な可動性を得るためのエクササイズの一例でしょう。
さらに、平岡氏の指導を体験する中で興味深かった点は、間違った動きやエラーを生じやすい動作を分解し正しい動きを獲得するために段階的なエクササイズを作る、といった取り組みが随所になされている点でした。例えばスナッチの練習において、バックスクワットからオーバーヘッドでの支持へ移り、そこからオーバーヘッドスクワットをする方法などが良い例です。平岡氏はこのエクササイズの目的を「挙上する先の、バーの行く先をまず定める。目指す先が定まっていればその前の動作もまとまる。」と述べておられました。これは逆行チェインニングという学習法と重なります。上手くゆかないところはハードルを下げてクリアさせてゆく。経験に裏打ちされたとても効率的で練られた指導をされていると感じました。私たちの領域(医療)への応用を見据えるならば、そこに運動を行う者と指導する側がクイックリフトの利点をきちんと理解すればよいのではないでしょうか。
先のスナッチ幅でのオーバーヘッドスクワットでは背面と腹壁側の支持バランスを失わずに胸郭の伸展性を獲得するのに役立ちます。これは胸郭の伸展性の低下から波及する様々な障害を解消するのに役立ちます。この例のように、胸郭が固いために首や腰、肩を痛めていたとします。それならば胸郭をどれだけ自由に大きくパワフルにコントロールすることができるようになるか、それが故障のループから抜け出すための解決のカギとなるわけです。このエクササイズを私は頸椎のインピンジメントを持つ患者さんによく応用しています。このように、ウエイトリフティングという運動が行われるなかで神経筋骨格系にどういった変化が起こるのかを理解できれば、運動療法として役立てることが可能です。胸郭と骨盤、骨盤と下肢、上肢と体幹と下肢の関係性の正常化においても同じことが言えるでしょう。それを競技力の向上に転換するにはどのフェーズでの動きがパフォーマンス低下につながる機能的なエラーを解消する切り口となるのかといった視点から考えれば答えを導くことも可能となるでしょう。

最後に「抗重力機構の脆弱化に対するウエイトリフティングの効果」を簡単に述べて本特集のまとめとしたいと思います。
徒手医学的アプローチの対象は「体性機能障害」です。その介入の短期目標は疼痛の解除にあり、中期目標はクライアントの日常への回帰となるでしょう。では、そのゴールとして目指すべきは何か? 私見としては、クライアントが治療を必要としない状態を手にすること、と考えています。治療に頼ることなく自立しアクティブに生活を送ることのできる体力を兼ね備えた状態、それが真の健康であり、私たち治療家、運動指導者の目指すべき方向ではないかと考えています。
様々な運動器の傷害の背景には「マルアライメント(姿勢の崩れ)」や「マルユース(非効率的な運動・誤用)」が潜んでいます。これらの問題は、抗重力機構の機能低下と言い換えることができるでしょう。そしてこうした抗重力機構の脆弱化は、成長段階の子ども達には正常な発育や発達を阻害し、成人以降においてはロコモーティブシンドロームへとつながります。抗重力機構の機能低下は、人生全体を通じて健康余命の大幅な短縮につながる由々しき問題の根となっていると推察され、それゆえに、障害予防やリハビリにおいて効果的な対策を考えるということは、抗重力機構の正常化および強化を考えることと同意となります。さらにその結果を導くためのカギとなる要素は、運動学習の仕組みにあり、効率的に抗重力方向への運動を行うことが最もシンプルでかつ効果的な解決法となります。
ちなみに、運動学習プログラムは「より多くの成果を手に入れる」もしくは「より少ないエネルギー消費で成果にたどり着く」といった課題のもとに反復することで、より効率的で洗練された運動プログラムとして洗練されてゆきます。
そもそも、私たちの環境は重力に支配されており、そこで行われる様々な運動はすべからく抗重力動作と言い換えることができます。ここで注目しているウエイトリフティングの動きをみると、一連の動作の中で全身を大きく屈伸させながらドラマティックに移り変わる姿勢を通じて、ウエイトの重心と自己の重心を、支持基底面の中心からの鉛直線上に沿わせながら運動が展開されています。シンプルな動作の中で、エネルギーをウエイトの運搬に変換させるための試行錯誤によって運動プログラムが洗練され、私たちの身体に備わる「抗重力機構」そのものを活性化させることができます。
つまり、抗重力方向への運動を最大限効率的に学ぶことできる運動の一つとして、オリンピックリフトは非常に端的な答えであり、実利に溢れた有効な手段だと考えることができるでしょう。ヒトの身体に備わる根本的な仕組みを強化し続けるウエイトリフティングは、スポーツ競技者のみならず、子どもから年配者を問わずヒトの身体の抗重力機構の正常化および強化において多くの福音をもたらす技術であると私は強く訴えたいと思います。

一般社団法人徒手医療協会 代表理事 古川容司

◎対談に登場いただいた平岡勇輝氏がヘッドコーチを務める【クロスフィット代々木】ではウエイトリフティングに取り組むことが可能です。
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